著書の紹介 『新正統派ケインズ政策論の基礎 ―真理を簡明な論理と実証で―』 

発行:(株)学術出版会、 販売:(株)日本図書センター 

<目次>

序 論
正統派的ケインズ政策の有効性
 ―産業空洞化克服と財政再建の問題に関連して―
総 論
ケインズ的政策パラダイムの有効性についての理論的考察
各論
  1. ルーカス型総供給方程式の一般化
    ―ルーカス、ケインズ両体系の統一的把握―
  2. 日本経済における乗数効果 
    ―インプリシット乗数値の導出とその重要な意義―
  3. 日本経済におけるデフレ・ギャップ、1970〜2004年
    ―その規模の数量的計測―
  4. フロート制の下での貿易収支均衡とIS −LM体系(数理的分析)
    ―日米両国経済における不均衡の分析とその是正 のためのポリシー・ミックスの探求―(宮本勝浩氏と共同執筆)
付 録
小泉首相への建白書「打ち出の小槌」を振る決断を!(加瀬英明氏と連名)
 建白書への補論 政府紙幣と日銀券の本質的な違いに着目せよ!
あとがき
−本書刊行の目的と内容(本書の「あとがき」として執筆したものをここに掲げる)−

小泉政権が続いているとはいえ、2006年の年初という時点に立って、今後を展望するとき、日本経済にとっては、暗い面が非常に多い。政府支出が減らされ、さらに社会保障支出の減額も行なわれるのであるから、中央および地方の「公的需要」が減少することは必至である。 しかも、増税まではじまる。

本書で詳述するように、家計消費支出は従属変数であるので、「自生的有効(最終)需要支出」として、年々の総需要(有効需要支出の総額)の額を決定しているのは、以下の3項目である。
@中央および地方の政府支出(公的資本形成すなわち政府投資と、公務員人件費をも含む政府消費支出) A民間資本形成 B財貨・サービスの輸出超過額、すなわち「純輸出」 この3項目の「自生的有効需要」支出のうち、増える可能性のあるのは、A の民間資本形成(つまり民間投資)とBの「純輸出額」であるが、中国経済の混乱や米国・ヨーロッパ経済の不振などでABも、意外に低調に終わる可能性が濃い。ライブドアの堀江社長が逮捕されるなど、混迷状況にある現在の政・財界の状況から見れば、民間産業界による国内投資支出が大幅に増えるとは、ちょっと思えない。結局、小泉政権による公的需要抑制額に近い額だけ、マクロの「自生的有効需要」が減り、GDPの低迷も続くことになると見積もるべきであろう。

日本経済が、巨大なデフレ・ギャップをともなった不況・停滞で、そのようにゼロ成長ないしマイナス成長の状況を続けるということは、全世界の経済にとっても、よいことでないことは、明らかである。この大欠陥が是正されえないかぎり、21世紀の世界経済の進歩・発展の望みは、わずかなものでしかないであろう。このような状況がもたらされた最も根本的な原因は、全世界的にケインズ理論が棄てられ、忘れられつつあるということにある。 といっても、わが国をも含めて、全世界的に、いまなお、ケインズ理論の有効性を否定しきれないでいるエコノミストは、きわめて多数である。

しかし、彼らの大多数は、現在、一種の混迷状態に陥っているように見える。それは、主として米国思想界より発信されている「反ケインズ主義」の新古典派経済学が全世界的に支配的な影響力をふるっていることによるものである。とりわけ、米国流の新古典派「反ケインズ主義」経済学の核心をなしているルーカスの理論が、ほとんど神格化されているために、結局、ルーカス理論に多かれ少なかれ依拠して、「現代においてはケインズ的な有効需要の理論は妥当しえない」と叫んでいるエコノミストが、きわめて多いのが実状である。そこで、本書では、ルーカス理論がきわめて非現実的な前提に基づいていることを明らかにして、ルーカス理論が現実性を持った形に一般化された場合には、ルーカス体系もケインズ体系と整合性を持ちうるようになるということを論証しておいた。 乗数効果についても、政府の『経済白書』、『経済財政白書』などが、わが国の経済の乗数効果をきわめて小さく見積もってきただけではなく、それに対応して、デフレ・ギャップがほとんど発生していないかのごとく発表し続けてきたため、わが国経済の乗数効果がきわめて微弱であるといった誤った観念が通念となってきてしまっている。

本書では年間500兆円を越えるという現在の実際のGDPが形成されるためには、GDP勘定のなかに内含されている事後的な乗数効果の乗数値、いわば「インプリシット乗数値」は、2.3〜2.6というかなり大きな値でなければならないということが厳密に論証されている。 本書で詳細に論述しているように、現在、わが国では、年々、巨大なデフレ・ギャップの形で、実際のGDPとしては実現できずに、空しく失われている潜在実質GDPが年額、300〜400兆円も発生している。

ところが、現在のわが国では在庫変動額(売れ残りなど)がGDPに占める割合は、きわめて少なく、その意味では、わが国の市場メカニズムの機能は、非常に高く、需要に即応して企業は、きわめて迅速・的確に商品を供給しえているのである。 したがって、この意味では、現在の日本経済では、「需給ギャップ」は生じておらず、ケインズ的なマクロ均衡点、つまり、いわゆる「ケインジアン・クロス点」の状態にきわめて近似した状況にあるとも言いうるのである。

すなわち、現在の日本経済は、「需給ギャップ」がほとんど無いにもかかわらず、「デフレ・ギャップ」が厖大に生じている状態にあると見なければならないわけである。 以上のことは、大多数のエコノミストにとっては、いわば常識にすぎない。しかし、この常識への確信が崩れて、大多数のエコノミストたちが、はなはだしい混迷状態に陥っているのである。

私は、正統派的なこの常識にしたがって、エコノミストたちが、その理論体系を確かめなおすことを念願し、この著書をまとめた。 したがって、大げさに言うならば、いかなるエコノミストにも、いささかの疑念をもいだかせないように、きわめて、詳細かつ明確に、本書を論述することを心がけた。 本書の刊行が実現しえたのは、ひとえに、「日本経済再生政策提言フォーラム」に結集する同志たちのうちの篤志家十数名のご好意によるものである。これらの篤志家グループの憂国の至情に満ちたご好意に対しては、御礼の言葉も知らない。

また、本書の出版を引き受けてくださった学術出版会の久間善定氏のご尽力に加えて、本書が印刷工程に入った頃に私自身が大病を患い、長期入院となったため、校正作業などに協力していただいた京都産業大学の後藤富士男教授、甲南大学の布上康夫教授、ならびに、私の妻(大阪経済大学槇本淳子教授)をはじめ、多くの方々のご助力があったことを記し、厚く感謝の意を表したい。

2006年2月下旬 丹羽春喜

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