建白書:小泉首相あて建白書 「打ち出の小槌」を振る決断を!

平成15年3月

「打ち出の小槌」を振る決断を!

日本経済再生政策提言フィーラム
会長 丹羽 春喜

小泉総理大臣殿

総理ご自身も、よくご承知のことと存じますが、いまや、わが国の経済・財政の危機は深刻をきわめています。
 こうした状況の中で、私は、昨年(平成14年)1月、「日本経済再生政策提言フォーラム」の会長としての資格で、詳細な政策提案文を、「打ち出の小槌を振る決断を!」と題する建白書として総理に提出いたしました(同フォーラム理事長の加瀬英明氏と連名)。
 昨年の建白書を提出した時点よりも、現在では、さらに、わが国の経済・財政の危機的状況は切迫の度を深めています。
 このような情勢の推移にかんがみ、私は、この危機的状況を打開するために、再度、あの建白書を、このホーム・ページにおいてアッピールさせていただこうと決意いたしました。ぜひとも、この私の提言を、至急、真剣かつ前向きにご検討くださいますよう、お願いいたします。

地すべり的崩落が始まった日本経済

一昨年(平成13年)の夏以降は、わが国の経済の地すべり的な崩落が急激に進行しはじめたものと見なければなりません。すなわち、鉱工業生産の大幅な低落、倒産と失業の顕著な増大、産業空洞化の激化、株価の低迷、等々、憂慮にたえない指標が目白押しの状況です。わずかに、一昨年の約一年にわたる貿易収支黒字の縮小傾向を反映して為替レートの円高がいくらか是正され(相対的にやや円安となった)、それが、わが国の輸出産業に若干の有利さもたらしたということぐらいが、ささやかながら、唯一の「救い」であったと言えましょう。しかし、最近では、内需不足によりわが国の貿易収支黒字が再び拡大しはじめましたので、為替レートも円高趨勢に戻り、わが国の輸出産業が、またまた、苦しめられることになってきつつあります。しかも、米国の景気後退が、それをいっそう厳しいものとしております。不良債権の整理を強行することにともなう倒産や廃業の激増と、それによる景況の悪化は、すでに深刻化しておりますが、そのような事態は、これからが、さらに本格化の局面に入ることになるでありましょう。

 そのうえ、平成14年度以降は、政府(ならびに地方自治体)の緊縮財政による景気冷却効果も非常に大きくなると見積もらねばなりません。このように悪条件が山積しているわけですから、今後は、わが国の経済の落ち込みと政府・地方自治体の歳入の減少は、きわめて激甚なものになると予測せざるをえないわけです。このような状況は、ただ単なる「痛み」などといった程度のものではなく、まさに、わが国の経済と財政の全面的かつ決定的な壊滅そのものとなる危険性がきわめて濃いものであると、厳しく受け止めねばなりません。

構造改革では経済危機を脱却できない

ここで、あえて直言させていただきますが、構造改革政策でこの危機を打開しようという小泉内閣の政策姿勢は、実は、全くの見当違いだと言わねばなりません。なぜならば、構造改革政策なるものをいくらやってみても、それによって総需要が増えるという確実な因果メカニズムは何も無いからです。それどころか、上記でもふれましたように、現在の小泉内閣が構造改革政策として実施しようとしている諸施策では、むしろ、総需要の大幅な低下が惹起されることが不可避です。総需要が増えないかぎり、経済は成長しえず、景気が回復することもありえません。これは、経済の最も基本的な鉄則です。

 もとより、「流動性のわな」現象が深刻な現状では、金融緩和策に期待をかけることもできません。また、付図が示していますように、デフレ・ギャップ(GDPギャップとも言います)がきわめて巨大なものとなっておりますわが国経済の現状(内閣府ならびに旧経済企画庁はそれを秘匿してきましたが)のもとでは、インフレ・ギャップを発生させて物価を上昇させるといったことは、どんなに、それをやろうとしても、現実には全くできない相談なのですから、「インフレ・ターゲット」政策の実施ということも、そもそも、不可能です。

 通俗的な週刊誌ジャーナリズムなどでは、わが国の経済と財政の全面的な破綻が必至だと見て、極度に自暴自棄的でヒステリックな暴論が氾濫しています。しかし、いま、真になされるべきことは、見当違いや自暴自棄を排して、「なにが本当に必要なことか?」を冷静に考えることでしょう。

すなわち、ちょっと考えさえすれば、誰にでもすぐにわかることですが、わが政府の累積債務のうち少なくとも二百数十兆円程度を即時償還して財政再建を一挙に達成するとともに、年率7パーセントから10パーセントにさえ達するほどの高度実質経済成長を直ちに実現し、それを長期にわたって容易に持続させうるような、100パーセント効果的な内需拡大政策を大々的に実施しさえすれば、わが国の経済・財政の危機を克服しうることは明らかなところです。
 

政府貨幣発行権の大規模発動を!

わが国においては、付図が示していますように、現在、超巨大なデフレ・ギャップという「生産能力の余裕」が「真の財源」として膨大に利用可能です。それは、潜在実質GDPベースで年間400兆円近くにも達しており、なお拡大しつつあります。たしかに、いま、わが国の企業は、稼働率の低くなった設備を廃棄し、人材の確保・養成といったことも断念・放棄しはじめています。とは言え、現在のところは、まだ、マクロ的に、財貨・サービスの生産・供給能力の「天井」は、はるかに上方に在り、上向いているのです。しかも、わが国は、対外支払いの面でもなんらの心配も要らない状況にあるのですから、工夫さえこらせば、この超巨大デフレ・ギャップという「真の財源」の活用によって、危機克服を実際に達成しうるはずだということは、疑う余地のないところです。そして、それを実現するために、当面、300〜400兆円程度の新規の国家財政収入を、租税にも国債にもよらずに、そして、わが国民(現世代も、将来世代も)にまったく負担をかけない形で確保することが、ぜひとも必要です。これこそが、「真に必要なこと」なのです。

このことが、100パーセント安全確実かつ容易に可能となるのは、あくまでも正統派的に、ラーナー教授やブキャナン教授といったたちが推奨してやまなかったところに従って、わが国の現行法でも明確に規定されている「国(政府)の貨幣発行特権」(セイニアーリッジ権限seigniorage)を、直接あるいは間接に、大規模発動した場合のみです(「通貨の単位および貨幣の発行等にかんする法律」昭和62年、法律第42号、第4条)。 具体的には、国が無限に持っている一種の「無形金融資産」にほかならないところの、この「国の貨幣発行特権」のうちの、たとえば300〜400兆円ぶんの「政府貨幣発行権」(政府紙幣ならびに記念貨幣・記念紙幣の発行権をも含む)を政府が日銀に売却する(売却しても政府の発行権が減るわけではありません)という間接的な方式が、最も手軽で実行が容易でしょう。日銀にとっても、それだけの巨額の「政府貨幣発行権」はきわめて優良な資産であり、それを政府から有利な条件(若干のディスカウントをしてもらう)で売ってもらって取得しうるということになれば、日銀自身の資産内容を大きく改善しうるわけで、ひいては、わが国の金融を安泰かつ堅固なものにし、信用秩序を健全に維持するのに役立つというメリットもあるはずです(したがって、現行「日銀法」第38条の適用によってそれを取得しうるはずです)。もちろん、国債発行の場合とは違って、この方式で政府が300〜400兆円といった巨額の新規財政収入を得ることになる場合でも、それは、政府の負債にはならず、したがって、政府は、それに対して利息を支払ったり元本を償還したりする必要などはまったくありません(上記ボタン5の補論を参照)。その巨大きわまる金額が、政府の正真正銘の財政収入になるわけです。 担保も不必要です。これこそ、まさに「打ち出の小槌」なのです。

なお、言うまでもないことでしょうが、このような方式で「国の貨幣発行特権」が発動されて、政府が巨額の財政収入を得ることができるようになるといっても、現実にそれだけの巨額の紙幣が印刷・発行されねばならないということでは、けっして、ありません。実際には、そのような300〜400兆円という金額が記された「保証小切手」を日銀から政府が受け取って、済ますことになるでありましょう。あるいは、日銀に設けられている政府の口座に、日銀からそれだけの金額を振り込むという電子信号が送られれば、それでよいでしょう。

いまや数百兆円にものぼっている政府の累積債務のうち、とりあえず二百数十兆円程度を、上記の「打ち出の小槌」を振ることによって即時償還し、財政再建に役立てればよいわけですが、そのさい、「過剰流動性」(運用対象を見つけられない余裕資金が有効需要支出にも向けられず、賭博的マネー・ゲームの盛行といった形でだぶつく現象)の問題が発生する危険があります。それを防止するために、政府(ないし日銀)が、円高防止をかねて米国等の公債・社債を大量に買っておき、それとの等価交換で、国内投資家が保有してきた日本政府発行の既發国債を政府(ないし日銀)の手元に回収すればよいでしょう(国内の投資家たちには代償として米国等の公債・社債を渡す)。このようなやり方を適宜に併用していくということは、国内で「過剰流動性」問題を発生させずに巨額の既發国債を回収・償還しうるきわめて巧妙な方策であると言えましょう。

政府は国民に「潜在経済力活用費」を支給することをも考えよ

上述の「打ち出の小槌」で財源を確保して、わが国の経済を再生・再興させるために大々的な内需拡大政策を実施するといっても、実際問題としては、長年の不況・停滞ですっかり消極的になってしまっている各省庁や地方自治体や財界などは、そのような積極的財政政策の巨大な予算を合理的に消化して有効に「国つくり」にはげむべき準備ができてはいないのが実情でしょう。また、「公共事業の肥大化は、もうイヤだ!」と叫ぶ世論なるものが異常に高まってもいますので、それをかわすような政治的配慮も必要でありましょう。だとすれば、ここ二、三年は、老人から乳幼児にまでいたる全国民に、たとえば、一律、年額数十万円(40万円程度でよい)ずつの「潜在経済力活用費」といった名称のボーナスを、政府が支給する――全国民の預金口座に振り込む――ことにすればよいでありましょう。

 この施策は、過日の給付総額が対GDP比で0.14パーセントにすぎなかった「地域振興券」とは異なって、年間給付額が対GDP比で約10パーセントと桁違いに大きいうえに、その財源が税金でも国債でもなく、国民の負担にはまったくならずに国民の所得を大きく増やすことになります。そのうえ、全国民に平等に給付されるのですから、「……あの人たちがもらっているのに、自分自身はもらえないのか!」といった妬みからの悪評で施策の実行が妨げられるといった心配も無くてすみます。このような政策の実施が、景気浮揚と経済成長をもたらす効果は100パーセント決定的・即効的に確実です。現在のわが国の経済においては、巨大なデフレ・ギャップという形で膨大な「生産能力の余裕」が存在しているのですから、需要がどんなに拡大しても、諸商品の生産・供給も敏速・的確に伸びうるわけで、インフレ・ギャップが発生して物価が高騰するといった心配はまったく無用です。しかも、このような政策は、簡単明瞭かつ公平で、政府機構の肥大化の心配も無く(この政策実行の仕事は、官庁に代って、銀行業界が喜んでほとんど全てやってくれるでしょう)、「消費者主権の原理」を基礎とする市場経済システムに最も適合しており、経済に歪みを残す怖れも全く無いのですから、きわめてオーソドックスで優れた政策案です(奇妙なことに、このような政策を「まったく無効果だ!」と断じる評論家が後を絶ちませんが、そのような評論家たちは、この政策で国民へ年間数十兆円もの所得給付がなされても、その増加した所得からは、一円も支出がなされず、また、それが銀行に預金されても、銀行はそれを一円も融資に向けることをしないと想定しているわけですから、その奇矯な考え方は正気のさたではありません)。

不良債権もたちどころに解消されうる

このような政策を実施すれば、それによる経済全体への波及効果(すなわち「乗数効果」)をかなり控え目に見積もっても、二年ほどのうちに実質GDP水準が100兆円ほど上昇する──つまり、年率10パーセントの高度成長──ことが確実です。もちろん、いま不良資産・不良債権などと言われているものも、その大部分が、たちどころに優良資産・優良債権に一変してしまいます。

 「現金通貨の流通速度」が通常は年間ベースで 10〜12 ぐらいのものですので、100兆円をこの10〜12という流通速度で割り算した額、つまり、この100兆円上昇したGDP水準を支えるために必要な流通現金通貨量の増加額は、わずかに、8〜10兆円程度ですむことになります。この「通貨の流通速度」は、時には、かなり変動しますが、いずれにせよ、流通現金通貨量の必要増加額は、そんなにびっくりするほど大きな額にはなりません。つまり、あらゆる取引きの大部分が電子決済される現代では、「国の貨幣発行特権」の直接・間接の大規模発動が断行されて、それを財源とした政府支出がきわめて巨額に行なわれたとしても、実際に紙幣が増刷されるのは比較的わずかの額ですみ、あとは電子的な相殺勘定の記帳処理ですまされるわけです。

 なお、このような大規模な内需拡大政策が実施されれば、上記の「過剰流動性」発生を避けながら既發国債償還を行なおうとするときに必要な政府・日銀による米国等の公債・社債の大量購入の影響ともあいまって、円の対ドル交換レート(為替レート)は相当に円安(およそ 1ドル=160円 程度)になり、わが産業は対外競争力を大幅に回復し、わが国は産業空洞化の悪夢から解放されうることにもなりましょう。

上記のような政策案こそが、私どもが声を大にして提言し続けてきました「救国の秘策」なのです。誰であろうと、先入主的な偏見を棄てて、虚心担懐に考えてみさえすれば、この「秘策」こそが、現在のわが国経済の窮境を打開しうる国家政策としては、ほとんど唯一の「決め手」であるということが、わかるはずです。いま、わが国民(庶民)が心の底から待ち望んでいるのは、まさに、このような「打ち出の小槌」の活用による「救国の秘策」の策定と断行なのです。

総理、いまこそ、「この打ち出の小槌を振ることこそが、真の構造改革だ!」と叫んでください。そして、その実行に踏み切ってください。わが国民も、全世界も、それを熱望しているのです。

 邦家のため、そして、全人類文明のため、総理のご決断を、お願いするしだいです。

敬具

付図デフレ・ギャップの推移(1990年価格評価実質値)

[付図の注記]

本図は、平成12年(2000年)までわが国で公式に用いられていた算定方式でのGDP概念に基づいた暦年ベースでの算定値を図示した。
労働と資本の総合的な生産性( いわゆるTFP )の向上率を「技術進歩率」 と呼ぶことにすると、年率ベースでは、
GDP成長率(%) = 技術進歩率(%) + 労働と資本の総合投入の伸び率(%) である。

したがって、「 技術進歩率(%)/GDP成長率(%) 」という比率が与えられれば、潜在的な完全雇用・完全操業の状態での総合投入の伸び率から、同じく 潜在的な完全雇用・完全操業でのGDPの成長率を年率ベースで算定しうる。 それを、連接していけば、本図のごとく、その長期的な成長経路をも示しうることになる。

本図で「潜在的」(完全雇用・完全操業)実質GDPの成長経路の「高」として示されているのは、「 技術進歩率(%)/GDP成長率(%)」という比率を 1/3と仮定した場合、「中」は同じく1/3.5 と仮定した場合、「低」は同じく1/4と仮定した場合である。なお、1/4 以下の小さな比率を想定することは、非現実的であろう。

本図で「潜在的」(完全雇用・完全操業)実質GDPとして示されている状態でも、摩擦的な要因等による3% のデフレ・ギャップが残されている。

本図のデフレ・ギャップ計測の詳細については、丹羽春喜『日本経済再興の経済学』(原書房、平成11年)、16章を参照されたい。また、それを改訂 した英文論文が、米国の経済学術誌 Journal of Asian Economics, Vol.11,No.2 (2000)に掲載されている( これは、http://www.osaka-gu.ac.jp/php/haruniwa/ でも読むことができる)。

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